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十六夜亭 小説家・鷹守諫也のブログです。

バレンタイン狂騒曲

『薔薇の運命 王子は偽りの花嫁を抱く』(ジュリエット文庫→現在はガブリエラ文庫α(電子書籍))の番外編です。


「――バレンタイン・デー? 何だ、それは」
 小首を傾げるキルシェに、魔道士シリルはにっこりと微笑み返した。
「異国の風習です。何でも、女性が好きな男性にチョコレートを贈って告白する日なのだそうです。いかがですか、キルシェ様。ここはひとつ皇太子殿下にチョコレートを贈られては」
「告白って言っても……、わたしたちもう結婚してるよ? それに……」
 愛の告白なら、睦みあうたびにじゅうぶんもらっている。昨夜もカルセドニーはキルシェの身体を丹念に愛撫しながら『可愛い』『好きだ』『愛してる』と、こっちが気恥ずかしくなるほどたっぷりと囁いてくれた。
 甘い記憶に頬を染めていると、シリルはしたり顔で頷いた。
「ええ、わかってますとも。そりゃもうお互い耳タコでしょう。でもね、妃殿下。欲情してる時の言葉など、信用ならぬものなのですよ。目の前の相手が誰であろうと、欲情した男には世界一愛おしく可愛く感じられますからねぇ」
「えっ、そうなの……!?」
「そういうもんです。だから男は奥さんをどれだけ愛してても、うっかり欲情を誘発されると浮気しちゃうんですよ」
「浮気!? カルセドニーは浮気をしてるのか!?」
「してないと思いますが……今のところ。 ――ひ、妃殿下!苦し、苦しいです……ッ」
「あ、すまん」
 キルシェはシリルの襟首を締め上げていた手を慌てて離した。げほげほ噎せたシリルは咳払いをして居住まいを正した。
「えー。聞きかじったところによりますと、かの国では愛の証として、女性は結婚後も夫にチョコレートを贈るのだそうです。それに対し、夫は翌月マシュマロを妻にお返しする。どうです? 妃殿下。カルセドニー様にチョコレートを贈って、お返しにマシュマロをもらってみたくはありませんか」
「……うん……、いいな、それ」
 白くてふわふわしたマシュマロがいっぱい詰まった小箱を照れくさそうに差し出すカルセドニーを想像すると、キルシェの胸は俄然ときめいた。
「ふふ。きっと頭掻きながら横向いちゃったりするんだろうな。はぅ、可愛いっ……!」
「うーん、とってもキモチワルイですねぇ……」
 きゅんきゅんしていたキルシェは、引き攣ったシリルの呟きで我に返った。
「マ、マシュマロはともかく! よし、わかった。愛の証としてカルセドニーにチョコレートを贈るぞ!  ――あ、でもカルセドニーは甘いものがあまり好きではないんだ。食べてくれるかな……」
「キルシェ様が贈ったチョコレートが食べられないなんて、そんな不埒なこと私が言わせませんよ。ましてや手作りなら尚更です」
 自信満々の笑顔でシリルは請け負った。
「手作りね……。それじゃ、皇太子宮の料理長に作り方を指南してもらおうかな」
「それがよろしゅうございましょう。 ――ところで妃殿下。かの国には『義理チョコ』なる風習もあるそうです」
「義理チョコ?」
「夫や恋人以外の、義理のある男性にもチョコレートをあげるんです。男性陣がひがまないための予防策とでもいいましょうか」
「かの国の女性は気苦労が多そうだなぁ……。ま、いいや。それじゃ、シリルにもあげるね」
「ありがとうございます、妃殿下。楽しみにしています」
 皇太子妃が引き上げるのをニコニコと手を振りながら見送っていたシリルは、キルシェの姿が見えなくなるやいなや、ぐっと拳を握った。
「やった!これで妃殿下から美味しいチョコレートがもらえるぞ~」
 シリルはただ単に自分が女性から ――それも現在セレスタイン王国で最も高貴な女性である皇太子妃キルシェから ――チョコをもらうという経験をしてみたいがために、主である皇太子をダシにしたのであった。
 むろん、料理などてんでできないキルシェが宮廷料理人に相談するのも想定済みである。皇太子妃から皇太子への贈り物となれば、料理人は最高の材料を用意して腕を振るうはず。きっとどこの菓子店より美味しいチョコレートが食べられるだろう。
 鼻唄を歌いながら、上機嫌でシリルは書斎に戻っていった。

 そして、バレンタイン・デーの夜。
 入浴も済ませて夫婦の寝室に引き上げたキルシェは、チョコレートの箱を手にうろうろしていた。肝心のカルセドニーが側近に呼ばれて書斎に行ってしまったのだ。
「やっぱり晩餐のときに渡せばよかったな……」
 何となく照れくさくて、言いだしそびれてしまった。このままカルセドニーが出かけてしまったら、今日はもう渡せない。軍務と治安の責任者であるカルセドニーは、夜中でもたびたび呼び出される。へたをすればそのまま数日帰らないこともあった。
 ドアノブが鳴って、キルシェはとっさに箱を背後に隠して振り向いた。ガウン姿のカルセドニーが入ってくる。
「……出かけるの?」
「いや、話は済んだ」
 ホッとしたのもつかのま、カルセドニーは不自然なキルシェの格好に目敏く気付いた。
「後ろに何を隠してるんだ?」
「えっ……。あ。な、何でもないっ」
「見せろ」
 有無を言わさず、箱を取り上げられてしまう。綺麗な模様の細長い紙箱に赤いリボンが巻き付けてある。
「……誰の賄賂だ? 収賄罪で牢屋に入れるぞ、キルシェ」
 ニヤニヤとカルセドニーが尋ねる。キルシェは顔を赤くして皇太子を睨んだ。
「もう……っ、わかってるくせに」
「しかし何のプレゼントだ? 誕生日はまだだぞ」
「バレンタイン・デー」
「何だそりゃ」
 キルシェはシリルから聞いたことを繰り返した。愛の証と聞き、笑み崩れたカルセドニーはキルシェを抱き寄せてキスをした。
「ありがとよ、キルシェ。嬉しいぜ」
「無理に食べなくていいから。甘いもの、嫌いだろう」
「馬鹿言うな。おまえが作ってくれたんだ、もちろん全部食うぞ」
 料理長に教わりながらチョコレートを湯せんにかけたり、四苦八苦しながら丸めてパウダーをはたいたりしたことを思い浮かべ、キルシェは嬉しくなってカルセドニーに抱きついた。
 ベッドに並んで腰掛けて箱を開ける。微妙にゆがんだ丸いチョコレートが現れ、キルシェは赤面した。
「ご、ごめん。うまく形が作れなくて……。料理長がお手本に作ってくれたほうにすればよかったかな。あっちはとっても綺麗だった」
「おまえの可愛い指がこねたほうが断然いいさ」
 ニヤリと笑ってカルセドニーはチョコレートを口に放り込んだ。
「……うん、美味いぞ」
「無理しなくたっていいよ」
「いや、本当に。甘いけど、甘ったるくはないし。苦みもけっこうあって食べやすい。酒も入ってるな?」
「料理長のアドバイスで、カルバドスのガナッシュにしてみたの」
「美味い。ほら、おまえも食ってみろ」
 男が指で摘んだチョコレートを差し出してくる。キルシェはおずおずと唇で受け取った。試食はしてあったが、確かに味自体は悪くないと思う。キルシェの話を聞くと、料理長ははりきっていい材料を用意し、レシピを考えてくれたのだ。
「……美味しい」
 ふふっと笑うと、カルセドニーの唇が落ちてきた。チョコレート味のキスを、キルシェは心ゆくまで堪能した。
 カルセドニーはチョコレートの箱をサイドテーブルに置き、キルシェを膝に抱き上げた。唇を開かせ、差し入れた舌で口腔内の粘膜を丹念に舐める。ぴちゃぴちゃと舌を鳴らしながら彼は囁いた。
「おまえの口は菓子より甘いな、キルシェ」
「そんなこと……」
「酒より美味くて酔わせる蜜を、秘密の場所に隠し持ってるだろ。知ってるぞ」
 耳殻を甘噛みしながら男はキルシェがまとう夜着の裾をゆっくりと捲り上げてゆく。白い腿があらわになり、キルシェは顔を赤らめた。慎ましい下着の上からそっと茂みを撫でられ、ぞくりと快感が走る。
「ん……」
 鼻にかかった吐息を洩らすと、あおるようにカルセドニーが囁いた。
「甘い蜜をずいぶん溜め込んでるみたいだな。盗みに行ってやろうか」
「うん……来て……」
 満足げに笑った男の指が下着を取り払い、茂みの奥へ分け入る。キルシェは顎を反らした。
「ぁ……」
 逞しい男の指が、潤んだ花芽をこすり上げた。
「すごいな、どんどんあふれてくる。……誰のための蜜だ? キルシェ」
「も、ちろん……、おまえの……、カルセドニーの……」
「本当に俺だけだな?」
 キルシェは目を潤ませてこっくりと頷いた。
「カルセドニーに……あげるためだけの……蜜だよ……」
「可愛い蜜蜂だ」
 ちゅっ、と音をたてて男は紅潮したキルシェの頬にキスした。ふわりと抱き上げられ、次の瞬間にはやわらかな枕の上に降ろされる。そっと膝を押して大きく脚を開かされた。
「ひぁん……!」
 濡れそぼった花芽を吸い上げられ、キルシェはラヴェンダーブルーの瞳を見開いた。
「だ、だめ……っ、そんなとこ舐めちゃ……っ」
「好きなくせに」
「だって、それされると……、止まんなく、なっちゃう……っ」
 両手で口を押さえ、ふるふるとかぶりを振る。カルセドニーは音をたててキルシェの秘処を舐め、吸い上げた。
「――うん、甘い。とっても甘い蜜だ。誰にもやらねぇぞ。俺が全部盗んでやる」
「ぅ……んっ……、ふ、ぁ……」
 キルシェに聞かせるためだろうか、わざと大きな音を響かせてカルセドニーは秘処を舐めた。淫猥な水音にそそられ、わかっていても愛の蜜がとめどなく分泌されてしまう。自分が淫靡な飴玉になってカルセドニーにしゃぶられているような錯覚に、キルシェは陶然となった。
「すっかりとろとろだな、キルシェ。熱くなると溶けるんだよな?おまえは誰より甘い俺のチョコレートだから」
「はふ……、ぅん……。そう、溶かして、カルセドニー。どろどろにして……舐めて……、全部食べちゃって……」
 男は苦笑して顔を上げた。
「まったく。俺の女王様は可愛すぎて始末に負えねぇな」
 官能の涙で濡れた睫毛を瞬き、キルシェはカルセドニーを見つめた。愛しさが胸の奥から際限なくあふれ出してきて止まらない。それは秘密の場所にあふれる愛の蜜よりも激しい。
「……カルセドニーが……好きなんだ……。こうしてる時も……してない時も……。いつもカルセドニーが好きでたまらないの……」
「ああ、俺もだよ」
「してない時も……わたしが好き……?」
「あたりまえだろ」
「……他の女のひとに……ほだされたり、しない……?」
「あ?何だよ、浮気の心配か」
 カルセドニーは苦笑した。余裕の笑みに、自分ばかりがやきもきしているようで悔しくなる。
「だって……、独身の時、カルセドニーは凄くモテてたって、みんな言うから」
「そりゃまぁ、な。しかし今はおまえと結婚したわけだし、こうしてベタ惚れしてるわけだし」
「ずっと『今』ならいいのに……」
 次の『今』カルセドニーが愛しているのが、自分ではなかったら……。ちょっと想像してみただけで悲しくて、消えてなくなりそうになる。
 駄々っ子をあやすように、カルセドニーはキルシェの目許にキスした。
「次の『今』もその次の『今』も、おまえを愛してるよ。――ごめんな、キルシェ。いつも一緒にはいてやれねぇし、夜中も急に呼び出されたりして、おまえには寂しい思いをさせちまってる。本当に悪いと思ってるんだ」
 キルシェは首を振り、カルセドニーを抱きしめた。
「いいの! そんなことは、いいの……。年がら年中わたしのことを考えててほしいってわけじゃない。ただ……、他の女のひとにそそられたりしないって約束して」
「約束するよ。万が一誘惑されたりしたら、おまえとしたこと思い出して撃退する。おまえとするのがいちばん気持ちいいからな」
 笑って男はキルシェの中に己を滑り込ませ、深々と満足そうな吐息をついた。空隙を埋める充実した感触に、キルシェは恍惚と呟いた。
「うん……、気持ちよくしてあげるから……、いつでも絶対、戻ってきてね」
「本当にもう、敵わねぇなぁ。そんなこと言われて浮気できる奴なんてこの世にいないぞ」
 カルセドニーは繋がったままキルシェを膝に抱え、愛情を込めて深くくちづけた。逞しい男の背中に腕を回してすがりつき、ねだるように舌を差し出す。
 男の剣を収めた鞘を巧みに収縮させながら、キルシェはリズミカルに腰を揺らした。野性味をおびた男の吐息が官能に染まっていくのが嬉しくてたまらない。
「……わたし、美味しい? カルセドニー」
「まさしく禁断の味だよ」
囁いた男に激しく突き上げられ、キルシェは艶めく嬌声を上げて白い喉を反らした。


 翌日。
 カルセドニーと一緒に銀竜騎士団に顔を出したキルシェの元に、団員の騎士たちがどっと押し寄せてきた。
「妃殿下! ありがとうございます、チョコレートすっげえ美味かったっす!」
 カルセドニーの副官アンセムが、垂れ目気味の目をますます垂らして報告する。
 俺も俺も、と紅潮した顔で騎士たちが頷いた。中には見習い少女騎士アシュリーの姿まであった。恥じらいながらも嬉しそうなキルシェとは逆に、カルセドニーの顔は憮然としたものになってゆく。
「……おい。チョコレート渡したのは俺だけじゃないのか」
 ドスの効いた声に、キルシェはとまどった。
「え? あ、『義理チョコ』だよ。親しい人には全員あげるものなんだって。シリルがそう言ってた」
「あの野郎……! 実は自分が食べたかっただけじゃないのか!?」
「いやー、大変美味しかったですよ、妃殿下」
 ご満悦そうにニコニコしながら当の魔道士が現れる。カルセドニーはいよいよ眉を吊り上げた。
「キルシェ! おまえ、宮廷中の男に配ったんじゃあるまいな!? つか、女にもか!?」
「そんなわけないだろう! 銀竜騎士団の人たちと義父上だけだよ」
「何!? 親父にもやったのか」
「うん。すごく喜んでくれた。お庭で薔薇に見せてから食べるって……」
 カルセドニーは憤懣やる方ない顔で怒鳴った。
「そんな大盤振る舞いすなっ」
「だって……っ、練習も兼ねてたくさん作ったんだ、捨てるなんてもったいないじゃないか」
 そうだそうだと騎士たちが声を上げる。
「捨てるなんてとんでもない」
「俺、甘いもん大好きでっす!」
「失敗作でも何でも、妃殿下が作ったものなら喜んで!」
 カルセドニーは憤然とキルシェの腕を掴み、有無を言わせず自分の部屋に引きずり込んだ。
「ちょ……、カルセドニー、さっきからいったい何を怒ってるんだ」
「おまえな……! おまえこそ浮気してるんじゃないのか!?」
「何言ってんの!?」
「ああ、くそっ! やっぱり色気づいたヤマネ姫は放置できないな!」
「どういう意味――、……やっ、あ、カルセドニー!? 何をっ」
「本当に俺に惚れてんのか、確かめてやるッ」
「ひぁん! ――や、やだ、やめてっ。こんなところで、そんなっ……」
 色っぽい悲鳴に、ドアに貼りついていた騎士たちがゴクリと唾を呑む。パンパンと手を叩き、皇太子付き魔道士であるシリルは迫力満点に微笑んだ。
「はいはい皆さん、立ち聞きはいけません。皇太子殿下に知られたら、問答無用で殺されちゃいますよー」
 ブツブツ不平を言う騎士たちを邪険に追い払い、シリルは扉に寄りかかって懐からチョコレートの箱を取り出した。キルシェからもらったガナッシュチョコレートを指先に摘んでにんまりする。
「……では、改めてお相伴に与るとしますか」
 ぱくり。
 形はいまひとつだが味は申し分のないチョコレートをゆっくりと味わい、シリルは満足げな溜息をついたのだった。
 ドアの向こうからは、甘く責める声ととろけそうな謝罪の哀願が延々と続いていた。

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