『平安あやかし恋絵巻』削除エピソードその3 内大臣&梅壺 ちっともご機嫌麗しくございませんわ、の巻
次は悪役連の悪巧み場面です。
単行本のp.295、弘徽殿での場面と清涼殿での場面の間に入っていました。
真帆の叔父にあたる内大臣と、その娘で真帆の従姉妹である梅壺がひそひそこそこそ悪事を企んでおりますよ。
◇ ◇ ◇
それから数日後。自分が逆鱗に触れてしまったことなど知るよしもなく、内大臣・藤原佐理《ふじはらのすけまさ》は凝花舎(梅壺)に二の宮を見舞ったついでに娘の元へと伺候した。
「梅壺の女御さまにおかれましては、ご機嫌麗しゅう……」
「ちっとも麗しゅうございませんわ、お父さま」
御簾の内から不満げな声が返ってくる。
佐理は顔をあげ、御簾の向こうを窺った。いらいらと脇息にもたれている娘の姿がぼんやりと見て取れる。
「……どうなされた。二の宮の御患いもだいぶ持ち直したようなのに」
「確かに枕は上がりましたけれどね。始終ぼんやりとなさって、これからいったいどうしたらいいか……などと呟いては溜息をついてばかりおられます。すっかり覇気がなくなってしまわれて……。しっかりなさってもらわねば困ります! と再々申し上げてもわたくしの顔をじーっと見つめられたかと思えば深々と溜息をついて、がっくりと肩を落とされるばかりですのよ。いったいどうなさったのかしら。寝込む前とはまるで別人ですわ」
梅壺は鼻息荒く一息にまくしてた。娘の剣幕にたじろいだ内大臣は、ふと思い出した。
「別人といえば……、右大臣も数日前、真っ青な顔で退出したら邸に帰りつくなり寝ついてしまったそうだ。さっぱり出仕の気配がないので見舞いに伺えば、『もうだめだ、終わった』などと焦点の合わない目を天井に向けて呻くばかりでな。まったくわけがわからん」
「終わったですって? 終わるどころかこれからが正念場ではございませんか。東宮の地位が揺らいでいる今こそ、一気呵成に攻勢をかけるべきなのです!」
「しっ、声が高い」
「人払いはしてありますわよ」
梅壺はフンと鼻息をついた。
振り向いて女房たちの姿が見えないことを確かめ、佐理は御簾の側ににじり寄った。
「用心に越したことはありませんぞ。二の宮と右大臣があのありさまではなおさらのこと。近頃どうも怪しい。この凝花舎にも東宮の手の者がもぐりこんでいるやもしれぬ」
「まさか! こちらで召し使っている者は端者に至るまで身元も確かですわ。女房は入内前から仕えている気心の知れた者ばかりですし」
「それはそうだが。東宮妃を中傷する噂が、さして広まらぬうちに立ち消えてしまったのがどうも気になってな」
「その代わり、東宮が鬼かもしれないという噂のほうは今や禁裏じゅうに広がっているではありませんか。二の宮さまが寝込んだのもそのせいだと、皆申しておりますわ。つい先日まで浮き足立って騒いでいた女房も殿上人も、今では東宮の姿を見かけた途端こぞって逃げ出すようなありさまだとか」
「うむ。朝議でも公卿たちが東宮と目を合わそうともせず議事が進まないものだから、さすがに居づらくなったようでね。気分が悪いとか言ってすごすご退席しましたよ」
「ふふっ。ろくな後見もない身の上では、いくら主上がかばってくださったところで立場は弱くなる一方ですものね。さっさとどこぞの寺にでも押し込めていただきたいわ。この後宮に鬼がいるのかと思うと、もう怖くて気味が悪くて」
わざとらしく女御はぶるぶると身震いしてみせる。夫が寝込んでいるほどだというのに、女御自身は半信半疑──というよりほとんど信じてはいないのだ。
もともと勝気な質でもあり、夫が態度の大きさのわりに実は小心者であることもとっくに見抜いている。夫婦仲がいまひとつなのも性格的に噛み合わないのかもしれない。
「右大臣はいつまで引きこもっているつもりかしら」
「あの様子では当分出てきそうにないな。持病の瘧が悪化したのだの物忌みだのと、もっともらしい理由をつけて邸に閉じこもっておる。東宮が元服して出しゃばってくるまではすべてが順調だったのに」
「それですわ、お父さま」
梅壺が御簾の内で身を乗り出す。
「東宮が出てきたせいで、禁中に害悪がまき散らされたのです! 二の宮と右大臣の様子が奇怪しくなったのもそのせいに違いありません。やはり東宮は鬼なのですわ。一刻も早く退治せねば、主上のお命も危うくなります!」
「確かに。主上は我が子可愛さに御目が眩んでおられる」
「我が子というなら二の宮だってもう少し気にかけていただきたいですわ。形ばかりほんの二、三度お運びになられたあとは典薬頭《てんやくのかみ》を寄越されるだけなのですもの。東宮が寝込んでいるときにはしげしげと様子見をなさっていたのに」
帝が本当に二の宮が東宮のせいで寝込んでいるのだとご存じだとは、梅壺も内大臣も知らない。まして、出生の秘密を知った二の宮が、鬼に脅された以上の衝撃を受けたことなど知るよしもなく、何をうじうじしているのだと腹立たしくてならないのである。
梅壺は檜扇を握りしめ、ぎりぎりと歯噛みした。
「そうでなくてもあの生意気で目障りな尚侍《ないしのかみ》が東宮女御になってしまって! ご寵愛をいいことに後宮の主面でのさばっておりますわ。ちょっとばかり血筋がいいことだけが取り柄のあんな女に負けるなんて、わたくし我慢なりませんわっ」
「まぁまぁ。あなたのほうが美しく教養高いことは皆わかっているよ」
「当然ですわ」
つーんと梅壺は顎を反らす。
「後見には内大臣たる私が付いているのだぞ。梨壺の後見はあの頼りない佳継しかおらぬ」
「ほほ。あの方もお血筋とお顔以外はたいした取り柄もございませんわねぇ」
「そうだ。東宮も同様。すでに母宮は亡く、実家の宮家も跡取りがないため断絶している。もはや帝のご寵愛に縋るしかない、頼りない身の上なのだ」
「だからといって、お父さま。わたくし、今上がお隠れ遊ばすまで待ってなどいられませんわ。今上はご壮健であられ、この御世が当分続きそうですもの。それに、うかうかしていると東宮の取り巻きが力を得て、二の宮が取って代わることが難しくなってしまいます」
梅壺は御簾近くまで膝行《いざ》り寄って父親に訴えた。
「わかっておる。一刻も早く東宮を廃位もしくは辞退に追い込み、二の宮を東宮位に据えねば、私が氏の長者となって我が家系を本流にする夢も叶わぬのだ」
「悠長に右大臣の快復を待っていては時機を失してしまいます。二の宮も頼りになりませんし、ここはお父さまにがんばっていただくしかございませんわ」
「そうだな。ここで右大臣に恩を売っておくのもよい」
「どうせなら完全に東宮の信用をなくしてしまってくださいませ。さすれば自然に二の宮を東宮に……という流れになりましょう」
「ふむ。そのためにはできるだけ多くの者に東宮が鬼だと認識してもらう必要があるな」
「そうですとも。おおいに面目を失い、恥を掻いていただきたいものですわ」
御簾を挟んで内大臣と梅壺はにんまりしながら頷きあった。
◇ ◇ ◇
以上で主な削除エピソードは終わりです。
最後までお読みいただきありがとうございました!
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