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『平安あやかし恋絵巻』削除エピソードその4 真帆&怪しの君 丑の刻参りの巻

削除エピソード、実は冒頭にもうひとつあったのを思い出しました(笑)。
貴船神社に夜参りした真帆が、丑の刻参りに遭遇するエピソード。
本文にはまったく関係ないので削除しました。
まぁ、趣味に走ったシーンということで!

◇ ◇ ◇

 時間はわからないが、まだ空が白む気配はない。子の刻か、遅くとも丑の刻だろう。夜が明ける前に参拝すれば夜参りになるはずだ。
 通い慣れた道なので用心しいしい歩いていると、やがて参道が開け、月明かりが届いた。見上げると半月が静かに光を放っている。ゆっくりと雲が流れ、星明りが瞬いていた。
 真っ暗だったら拝殿へ続く石段を昇るのも難しかっただろう。どうにか無事に本殿までたどり着き、真帆はしゃがんで手を合わせいっしんに祈った。
「どうか、お母さまの病気が早く治りますように。お母さまが元気になられますように。はらひたまへきよめたまへ、まもりたまへさきはひたまへ」
 さらに念を入れて「どうかどうかどうかお願いしますっ!」と力を込めていると、ふっと月が雲に隠れ、社を取り囲む森がざわりと揺れた。
 烏か鷺か、ぎゃあと一声、不気味な泣き声が夜の森にこだまする。
 びくっとした真帆は弾かれたように立ち上がり、きょろきょろと周囲を窺った。
 ざわざわと梢が揺れる。
 それはまるで、何かがくすくすと忍び笑っているかのようで──。
(も……もののけ……!?)
 そういえば貴船の御社には鬼の國への入り口があるとか。あるいは竜神さまが住まっておられるともいう。
 神聖な御社の境内とはいえ、静まり返った真夜中の気配はなんともいえず恐ろしかった。
(か、帰ろう……)
 祈りはきっと神さまに通じたはずだ。一生懸命祈ったのだし、今は真帆しか祈る者はいないのだし──。
 と、いきなりそこにカーンと甲高い音が響いた。
 ハッと真帆は顔を上げた。
(なんの音?)
 耳を澄ますとまたカーンと響く。
 その音は断続的に、しかし一定の間隔で聞こえてきた。恐ろしさよりも好奇心が勝って、真帆は音が聞こえてくる方角へ、月明かりをたよりにそろそろと歩きだした。
 どうやら音の出どころは拝殿の裏に広がる木立のなからしい。
 鬱蒼とした木立のなかには月光も届かない。さすがに真っ暗闇に踏み込むのはためらわれ、真帆は立ちすくんだ。
 そこにまた、しばし途切れていた音が響いた。さっきよりもずっと近い。
 ゆら……と灯が揺れた。
(誰かいるの……?)
 おそるおそる藪を掻き分けて進むと、やがて人の姿が見えてきた。
 白い小袖に紅の切袴という、下着だけの姿の人間が、古びた巨木に向かっている。長い髪を束ね、括っているところを見ると女のようだ。
 女は異様な風体をしていた。
 そもそも、おとなの女性が下着姿で戸外にいること自体、ふつうではない。
 しかも女は頭に変なものをかぶっていた。
 よく見るとそれは、火炉《かろ》に置く三本脚の鉄輪《かなわ》だった。本来、炭のなかに立て、鍋などを載せるものだ。
 それを逆しまに被り、三本脚のそれぞれに紙燭を灯しているのだ。女が身じろぎするたびに、紙燭の先端で炎がゆらりゆらりと不気味に揺れる。
 カーン。カーン。カーン。
 その音は女の手元から響いてくる。
 どうやら女は巨木の幹に、釘を打ちつけているらしい。
 どうしてそんなことをするのかと、怖さも忘れて身を乗り出した真帆は、ゆらめく紙燭の炎に浮かび上がった光景に、ひっと息を呑んだ。
 女は藁でできた人形《ひとがた》を、長い釘で木に打ちつけていた。
 あまりの禍々しさにぞっとして後退ると、真帆の足元で枯れ枝がぽきりと折れた。
 間の悪いことに、釘を打つ響きがちょうど闇に吸い込まれた瞬間だった。
 女は振り上げた手をハッと止め、ほんの一瞬固まったかと思うと、その体勢のままくるんと真帆のほうへ振り返った。
「────誰?」
 女の手には小槌が握られていた。ゆらゆらと揺れる紙燭の炎が深い影を落とし、女の顔はよく見えない。ただ、炎を受けてふたつの眼《まなこ》がギラリと光った。
(……っ!)
 全身に冷水を浴びたようにぞーっとして、真帆は慌てて逃げ出した。
「お待ちっ」
 女の金切り声が響く。
 真帆は無我夢中で境内を走った。月明かりがしんしんと降り注ぎ、御社が黒々とした影を落としている。そこに足を踏み入れたら最後、奈落の底までまっさかさまに落ちてしまいそうなほどに、黒く、黒く。
「見たね、見たね、見たね……」
 呪詛をふくんだ女の声が追ってくる。
「今宵で満願成就のはずなのに……っ、口惜しや……口惜しやぁ……っ」
 女の声が悲痛にかすれた。
 恐怖のあまりぼろぼろと涙を流し、袴の裾をからげて真帆は全力疾走した。何も考えずにただただ走ったが、運よく参道へ続く石階段の前に出た。
 転げ落ちそうになりながら駆け下りると、杉木立に囲まれた真っ暗な参道を灯が近づいてきた。先回りされたのかと一瞬ぎょっとしたが、それは鉄輪に灯した紙燭ではなく、何本もの松明の灯だった。
 どやどやと話し声もする。間違いなく人間だ。
 連れ立って夜参りに来た人たちだろう。安心して駆け寄った真帆は、松明の灯に照らされる男たちを目にしてぎくりと足を止めた。夜道を歩いてきたのは侍《さぶらい》の格好をした十人ばかりの男たちだった。
 誰かを警護しているのかと思ったが、それにしては様子が変だ。身につけている武具はどれもちぐはぐで、肩には何枚もの美しい衣を担いでいる。綾織の袿が松明の灯にきらめいた。
 高価な装束を御衣櫃《みぞびつ》にも入れず、無造作に肩にひっかけて歩くなど考えられない。
 彼らは警護の武士《もののふ》などではない。夜陰に乗じて京の都を荒し回る盗賊だ!
「──おんやぁ? こんなところにいい格好をした女童《めのわらわ》がいるぞ」

◇ ◇ ◇

というわけで、単行本冒頭の盗賊のシーンにつながっていました。
そして、謎の少年に助けられた真帆。
怪しの君と真帆の会話はこんなふうになっていました。

◇ ◇ ◇

「……丑の日じゃないなら、あの女の人は何してたのかしら」
「女?」
「さっき、奥の御社で祈ってたら、変な音が聞こえたの。何だろうと思って見に行ったら……小袖に紅の袴姿の女の人が、木の幹に藁でできた人形《ひとがた》を釘で打ちつけてて……」
 今更ながらぞっとして、真帆は後を振り向いた。背後には闇が広がるばかりで、誰も付いてきている気配はない。たぶん途中で諦めたのだろう。近づいてくる松明に気がついたのかもしれない。
「そりゃ夜参りじゃなくて丑の刻参りだ」
「どう違うの?」
「丑の刻参りは呪いの作法だ。丑の日をふくむ七日間、毎夜欠かさず参拝して大木の幹に藁人形を釘で打ちつける。一夜に一本ずつ。呪う姿を誰かに見られたり、人形を捨てられたりしたら最初からやり直し」
「あ……。だから、今夜で満願成就だったのに……って、怒って追いかけてきたんだ」
「最後の最後でおじゃんになったんじゃ、そりゃ怒りもするだろうな」
「またやるのかしら……?」
「さぁな。案外、気が済んだかもしれないぞ。自分が馬鹿なことしてるって。気付けば、生きながら鬼になることもない」
 怪しの君の呟きに、真帆はぎくりとした。
「あ……あなたもそうやって鬼になったの……?」
「俺は生まれたときから鬼だ。生成《なまなり》とは違う」
 そう言って少年は真帆を見た。月光が射し込んだ瞳が金とも銀ともつかぬ色にきらめく。かすかに微笑して怪しの君は囁いた。
「俺が怖いか」
 こくりと真帆は喉を鳴らし、少年の手をぎゅっと握りしめた。
「助けてくれた、から……」
「怖くない?」
「……ちょっと、怖い……」
「正直だな」
 ハハッと少年は笑った。その笑い声の清々しさに、真帆はやはりホッとしてしまう。たとえ人ではなくても、真帆を攫おうとした人間の盗賊なんかよりも、ずっとずっと信頼できる。
 それだけは、きっと確かなこと。
 別荘に戻ると、真帆は先ほど抜け出した妻戸からこっそり中へ入った。

◇ ◇ ◇

──で、母親に蛍を見せるシーンにつながります。
そうそう、単行本p.163、二の宮に襲われかけるシーンで、真帆が抵抗しながら月影に
『今すぐ助けに来なかったら呪ってやるから! 生成の鬼になって五寸釘なんだからねっっ』
と心のなかでわめくところは、このシーンを踏まえてのことなのでした。

生成という鬼は、拙著『陰陽カレ師』にも出てきます。
興味のある方はぜひどうぞ!

今回も最後までお読みいただきありがとうございました!

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iSaya

Author:iSaya
鷹守諫也でライト文芸、上主沙夜で乙女系ノベルを書いてます。

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