薔薇の運命Ⅱ 美女と野獣と貴公子と⁉(2)
続きのファイルが出てきたので晒します。結局未完ですが。
存在自体を忘れてたよ……w( ̄o ̄)w
「――お久しぶりです、リーリエ様」
笑みを含んだ声に、キルシェはハッと我に返った。急いで手を差し出すと、リュアクスは身を屈め、うやうやしく手の甲に唇を寄せた。
「何だ、知り合いか?」
不審そうにカルセドニーが問う。放心している間に挨拶は済んだらしい。リュアクスは微笑して頷いた。
「数年前の夏、ヘリオドールに滞在したことがありまして。叔父が大使として赴任していたのです」
彼の言葉に、当時の記憶が驚くほど鮮明に蘇った。キルシェはまだ王女で、父と義母のカトライア、異母妹のリーリエという家族で穏やかに暮らしていた。
リュアクスと初めて会ったときのことは忘れられない。美しい異国の若者は、今までキルシェがまったく知らなかった、開放的で洗練された雰囲気をまとって現れたのだった。
世継ぎの姫であったキルシェは、その頃すでに男装で生活しており、リュアクスとはすぐに意気投合した。一緒に馬を走らせたり、剣を交えたりした。彼は馬術も剣術も得意で、キルシェにとってよい刺激を与えてくれる友人だった。
同時に彼は、キルシェを姫君扱いしてくれた唯一の人物でもあった。他の誰も、父でさえも、キルシェが男子であるかのように接するなか、彼だけが真摯にいたわりを示してくれたのだ――。
「キルシェ様のことは、大変残念でした」
リュアクスは眉を寄せ、声を低めた。キルシェは震えそうになる唇をそっと噛んだ。
(そうだ。今のわたしはキルシェじゃない。リーリエなんだ……)
懐かしい思い出を、彼と語り合うことはできない。彼はキルシェが暗殺され、異母妹のリーリエが跡を継いだという公式発表を信じているのだから。リーリエが魔道を使ってキルシェの魂を呼び戻し、自分の身体を譲って代わりに冥府に下ったことを知っているのはカルセドニーとシリルだけだ。決して、他の誰にも知られてはいけない。
「……姉も、あなたに会えたらすごく喜んだと思います」
「そんなに親しかったのか?」
カルセドニーがどこか苛立ったような声で問う。リュアクスは泰然と微笑んだ。
「光栄にもキルシェ様とは友人として一夏過ごさせていただきました。リーリエ様とはお目にかかる機会があまりありませんでしたね」
「ええ……、体調を崩しがちで……」
身体の弱かったリーリエはほとんど宮殿に引きこもっていたから、リュアクスと会ったのはほんの二、三回だったはず。
リュアクスはキルシェの手をそっと握ったまま、微笑みかけた。
「いつか、キルシェ様の思い出話をしたいものです」
「ええ、ぜひ」
思わず頷くと叱りつけるようにカルセドニーに睨まれ、キルシェは慌てて手を引っ込めた。にこり、と彼が微笑み、キルシェは思わず頬を染めた。
ますます面白くなさそうな顔になるカルセドニーに、それまで傍らで見守っていたバザルトが思い出したように告げた。
「殿下。実は折入ってお話が」
「ん? 何だ」
「ちょっと、よろしいでしょうか」
「ああ……」
カルセドニーはしぶしぶといった様子で頷いた。釘を刺すような視線をキルシェに送り、彼はバザルトと連れ立って離れていった。
何となく気まずくなってリュアクスを横目で窺うと、彼はほれぼれするような端整な顔でキルシェに微笑みかけた。
「いつかを待たなくてもよさそうですね。座ってお話ししませんか?」
迷いながらも頷いたが、あいにくソファはどれも埋まっていた。いくつか椅子は空いているが、落ち着いて話せそうにない。
「バルコニーに出ましょう」
キルシェは頷き、差し出された彼の腕にそっと手を添えた。胸がドキドキして、耳が妙に熱い。思いがけない再会にのぼせてしまったらしい。
(外の空気を吸えばきっと落ち着く)
そうしたら冷静に話せる。リーリエとして、『キルシェの思い出』を。
(続く)